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札幌高等裁判所 昭和46年(う)253号 判決

主文

本件各控訴を棄却する。

理由

〈前略〉控訴趣意第一点事実誤認の主張について。

論旨は要するに、本件金員は、小島漁業協同組合(以下「小島漁協」または「組合」という)の役員会において、佐々木豊のための正当な後援会活動を行なう旨の議決をなし、右議決は組合の目的を逸脱したものではないのであり、右活動を行うための出張旅費として、組合長理事被告人吉田憲造、参事被告人高橋貞助を除くその余の被告人ら(いずれも理事または監事)に支給することが議決され、被告人吉田憲造、同高橋貞助の両名が、組合長または参事として右議決に基づきその執行として、その余の被告人らに対し組合の金員から支給した出張旅費であるから、選挙運動のための報酬でもなければ、被告人吉田憲造、同高橋貞助の両名が共謀し、原判決認定の趣旨でその余の被告人らに右各金員を供与し、その余の被告人らが右趣旨でその供与を受けたというべきものではない、のみならず、被告人らには本件後援会活動が選挙運動に該当することを認識していなかつたのであるから、そもそも供与、受供与の罪をおかす犯意がなかつたものである、しかして被告人らの検察官に対する各供述調書は、いずれも強要に基づくもので任意性、特信性がない、したがつて以上と異なる事実認定をした原判決には、判決に影響をおよぼすことの明らかな事実誤認がある、というのである。

しかしながら、原判決挙示の証拠を総合すれば、所論の点を含め原判決判示の各事実は、優にこれを認定することができる。その理由は、原判決が「(弁護人らの主張に対する判断)」において、所論とほぼ同旨の主張に対し逐一詳細に説示しているとおりであるが、所論にかんがみ若干補足説明する。

一所論は、被告人高橋貞助が組合の参事であり、その職務権限、法的地位が理事と異なることをるる述べ、もつて原判決の認定を非難する。たしかに参事が理事会の構成員でなく、したがつて議決権を有しないことは所論のとおりであるが、単に事務職員の長であるというのみでなく、所論も指摘するとおり「組合の業務に関する一切の裁判上又は裁判外の行為をなす権限」(水産業協同組合法四六条三項、商法三八条一項)、「理事会の決定により組合の事業に関する一切の業務を理事に代つて行う権限」(小島漁協定款三八条三項)を有する重要な地位にあるのであるから、理事会の構成員でないことの一事をもつて、原判決の認定を非難するのは当らない。

二佐々木豊後援会への加入勧誘の行為が、同人を当選させることを目的とし同人への投票を依頼する趣旨でなされたもので、選挙運動そのものというべきものであることは、原判決が判示するとおりであり、本件各金員がそのための費用のみならず、報酬の趣旨を含んだものであることは、三泊四日分の正規の出張旅費額に一律五、〇〇〇円を上積みした金額を支給していること、被告人らのうち少なからぬ者が右選挙運動のため函館市に出向いた際、同市の「松前寮」等に無料で宿泊しているところ、右「松前寮」等に無料で宿泊できることは、あらかじめ被告人らに判明していたこと等から明らかである。

三所論は、本件各金員の支給が役員会の議決を経ていることを理由に、本件供与、受供与罪が成立しない旨るる主張する。

よつて案ずるのに、およそ団体の業務執行機関(協同組合の理事会、役員会など)において、公職の選挙に際し、その構成員(以下「理事者」という)の全員または一部が特定の候補者のため選挙運動を行なうこと、それにつき報酬等を支給することが決定され、右運動に従事した理事者に対し右決定に基づき団体の金員から報酬等が支給された場合において、支出金員に対する現実の管理責任ないし管理責任者に対する指揮監督の責任が、理事者のうち特定の者にゆだねられ、他の者は業務執行についての意思決定に参与することによつて間接にこれに関与しているにすぎないときには、右特定の理事者が、自己の管理する団体の金員を支給し(管理責任を有する場合)、または、指揮権に基づき他の管理責任者をしてこれを支給せしめ(管理責任者に対する指揮監督の責任を有する場合)、他の理事者がこれを受領する行為は、公職選挙法二二一条一項一号、四号にいう供与、受供与に該当し、右にいわゆる他の管理責任者がその情を知りながら積極的にこれを支持、容認していた場合には、さきにいわゆる特定の理事者と供与につき共謀関係にあつたものと解すべきである。けだし、いかなる団体においても公職選挙法違反となるような金員の支出を決定する権限はなく、かかる決定がなされても法律上無効といわねばならないから、金員の管理責任者において右決定に拘束さるべきいわれはないうえ、同法条にいう供与罪が成立するためには、供与者において事実上金員を支出しうる地位にあれば足り、執行機関の有効な議決がある等支出につき正当な権限があることを要せず、また、右金員を受領する者が間接的に当該金員の支出に関与する権限を有していても、現実に金員を支出し、あるいはこれを命ずる地位にないときは、その受領行為は同法条にいう受供与に当るというべきであるからである。

これを本件についてみるのに、関係証拠を総合すれば、昭和四六年三月一六日開催された小島漁協の役員会において、理事の被告人小野寺忠吉、同高橋信一、同祐川倉太郎、同五十嵐石造、同野登谷政蔵、同船板信一、同石山力雄、同川合吉雄、同堀川欣三郎、監事の被告人小野寺岩太郎、同船板二四郎、同堀川弘らが参集した席上、組合長理事の被告人吉田憲造が、かねて参事の被告人高橋貞助と協議しその賛同をえていた「政治力結集体制について」という議題を提出し、右高橋貞助ともどもその提案理由を説明したこと、その結果、出席者からの要望を参酌し、組合長を除く理事、監事らが、それぞれの親戚、知人等に佐々木豊後援会への加入を勧誘して歩くこと、その費用等として組合から、旅費規程にしたがつて計算した三泊四日分の出張旅費額に一律五、〇〇〇円を上積みした金員を支給することが、役員会の意思として決定されたこと、右役員会に欠席した理事の被告人松谷一郎に対しては、被告人高橋貞助の依頼に基づき被告人野登谷政蔵が右役員会の決定を伝えて、同人の了承をえたこと、右佐々木豊後援会への加入勧誘は、実質において同人への投票を依頼する選挙運動であり、右支給を決定した金員には費用のほか報酬の趣旨も含まれており、したがつて金員支出の決定自体違法で無効であること、しかるに被告人高橋貞助は、被告人吉田憲造と意を通じ、支給の決裁をしたうえ、翌一七日夕刻部下職員を介してその余の被告人らに前記役員会決定どおりの額の原判決添付一覧表記載の金員を交付し、同人らはそれぞれこれを受領したこと、小島漁協の金員は、参事の被告人高橋貞助が事務職員の長として現実の保管責任を有し、被告人吉田憲造は組合の業務を統括する組合長理事として、直接右高橋を指揮監督する立場にあつたことがそれぞれ明らかであるから、前記の説示に照らすと、所論の如く役員会の議決に基づく支給であつても、被告人吉田憲造、同高橋貞助の両名が共謀のうえ、その余の被告人らに対し、佐々木豊への投票を依頼する選挙運動をすることを依頼し、その報酬等として原判示の金員を供与し、その余の被告人らがその趣旨を知りながらこれが供与を受けたものと認定するのが相当である。

そうしてみれば、以上のように原判決の説示と異なる観点から考察しても、本件が供与、受供与罪を構成することは明らかであるといわねばならず、いずれにせよ被告人らの罪責は免れ難いところである。

四所論は、被告人の検察官に対する各供述調書は、強要に基づくもので任意性、特信性がない、そのことは被告人らの原審公判廷における供述によつて明らかである、と主張する。

ところで所論は、被告人らのいかなる供述部分からいかなる取調状況が認定され、それが強要による供述になるというのかについてなんら具体的な主張をしていないが、推測するに、被告人らの原審公判廷における被告人本人または証人としての供述中、「取調べを受けるのが初めての経験で、公職選挙法の解釈もくわしくは知らないうえ、警察官や検察官から、ああだろう、こうだろう、と追及され、違うといつても聞き入れてもらえないので、仕方なくそのいうなりになつた」との趣旨の部分を所論の論拠にするものと思われる。しかし捜査官と被疑者とはいわば互いに斗争の関係にあるのであるから、捜査官が被疑者に対し、ある程度詰問的な調子で問いただすことは、もとより法の許容するところであり、したがつて、右供述の程度の取調状況をもつて直ちに強要にわたるものというべきではない。その他本件記録を精査しても、所論指摘の各供述調書の任意性、特信性を疑うべき事情は見当らない。

それゆえ、原判決には所論の如き事実誤認はない。論旨は理由がない。

控訴趣意第二点 量刑不当の主張について。〈略〉

よつて、刑事訴訟法三九六条により本件各控訴を棄却することとし、主文のとおり判決する。

(中西孝 神田鉱三 宮嶋英世)

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